東京地方裁判所 昭和42年(ワ)10757号 判決 1969年8月28日
原告 幸中寅之助
<ほか一名>
右訴訟代理人弁護士 三輪長生
右訴訟復代理人弁護士 吉成重善
右訴訟代理人弁護士 猿山達郎
被告 三幸商事株式会社
右代表者代表取締役 阿部俊
右訴訟代理人弁護士 石井嘉雄
同 長戸路政行
主文
被告は原告らに対し、別紙目録記載の建物の一階部分のうち、別紙図面中(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)、(チ)、(リ)、(ヌ)、(ル)、(ネ)、(ツ)、(ソ)および(イ)の各点を順次結ぶ直線内の部分を明渡し、かつ、昭和四二年七月一四日以降右明渡済まで一か月金八九、五九七円二一銭の割合の金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用は二分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。
本判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行できる。
事実
第一申立
原告ら、
「被告は原告らに対し、別紙目録記載の建物の一階床面積九一、〇〇平方メートル(二七坪五合三勺)を明渡し、かつ、昭和四二年七月一四日以降右明渡済まで一か月金三〇〇、〇〇〇円の割合の金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。」
との判決ならびに仮執行宣言。
被告
「原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。」
との判決。
第二当事者双方の主張
一 請求の原因
(一) 別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)は、もと、訴外堤孝夫の所有であったが、同人は、昭和四〇年九月三日、訴外佐々木琢磨の債権を担保するため、本件建物に抵当権を設定したところ、右佐々木琢磨の申立により、任意競売開始決定があり、昭和四一年三月二四日本件建物にその旨の登記がなされ、右手続に基づき、同年一二月二〇日原告ら両名が本件建物を競落し、競売代金を完納したので、昭和四二年七月一〇日、原告らのための所有権移転登記がなされた。
(二) 被告は、本件建物の一階部分を、昭和四二年七月一四日以前から占有している。
(三) よって原告らは被告に対し、所有権に基づき、右占有部分の明渡しと、昭和四二年七月一四日以降右明渡済まで月三〇万円の割合の賃料相当の明渡遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する被告の答弁
(一) 請求の原因(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実は、被告が原告ら主張の日以前から別紙図面中(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)、(チ)、(リ)、(ヌ)、(ル)、(オ)、(ワ)、(カ)、(ヨ)、(タ)、(レ)、(ソ)および(イ)の各点を順次結ぶ直線内の部分八〇・四四平方メートル(以下本件占有部分という。)を占有している事実は認めるが、その余の部分は否認する。
(三) 同(三)の事実は、賃料相当月額が金三〇〇、〇〇〇円との点は否認し、その余の主張は争う。
三 抗弁
(一) 堤孝夫は、昭和四〇年三月一日、三幸商事こと訴外堤法乗に対し、本件建物階下のうち別紙図面の(ル)、(オ)、(ワ)、(カ)、(ヨ)、(タ)、(レ)、(ソ)、(ツ)、(ネ)および(ル)の各点を順次結んだ直線内の部分(以下階下西半分という。)を賃料月二万円、期間一年、敷金一五〇万円との約定で賃貸し、かつ引渡した。
(二) 堤法乗は、昭和四二年一月三一日、被告に対し、階下西半分の賃借権を代金一五〇万円で譲渡し、かつ右階下半分を引渡した。そして、堤孝夫は、右賃借権譲渡を承諾した。
(三) 仮に右堤孝夫の賃借権譲渡の承諾の事実がなく或いは無効であるとしても、次に述べるとおり、被告の譲受けた右賃借権は原告らに対抗できるものである。即ち、堤法乗は、階下西半分を賃借後の昭和四〇年三月五日、法定の登録をし、即日同所を営業所として三幸商事の商号で宅地建物取引業の営業を開始した。その後同人は、同年一二月九日、墨田区千歳町を本店とする被告会社を設立、自ら代表取締役に就任したが、その営業は同人の個人としての営業と内容は全く同一で、階下西半分においても両者は併存し混在していた。続いて、昭和四二年一月三〇日、堤法乗は、階下西半分での個人営業を廃止して同所での営業を法人営業一本に整理し、前記二の賃借権譲渡をなしたものであり、その前後を通じ賃借人の実体は全く変化なく、その間の賃借権譲渡は原告らに対する関係において賃貸借の継続を不能ならしめるような背信性があるとは解されない。
したがって、原告らは階下西半分の賃貸借契約を解除できず、被告は堤法乗の賃借権を援用できるのである。
四 抗弁に対する答弁
(一) 抗弁(一)の事実は、否認する。
(二) 同(二)の事実は、否認する。
(三) 同(三)の事実は、否認する。
(四) 仮に堤孝夫が被告ら主張のとおり賃借権の譲渡を承諾したとしても、請求の原因(一)に記載のとおり、本件建物の任意競売の申立があり、その旨の登記がなされた昭和四一年三月二四日以降は、右堤孝夫はその処分権を失い、賃貸人として賃借権譲渡を承諾する権原はないものと言うべきであるから、その承諾は効力を生じない。
(五) また、被告会社の目的は、堤法乗の営業と同じ土地建物の売買仲介の外に、金銭貸借遊技場等の経営があり、堤法乗の個人営業からすれば、著るしく事業内容が拡大されており、事実、被告会社は、本件建物階下の西半分で不動産業を営み、東半分で麻雀屋を経営しており、その実体は個人営業の単なる延長とは認められない。また、堤法乗は階下西半分の賃借権を被告に譲渡した代金として金一、五〇〇、〇〇〇円を受取っている。これらの事実からすると、本件賃借権譲渡に背信性があると認めるべきである。
第三証拠≪省略≫
理由
一、原告主張の請求原因(一)と(二)の事実のうち、被告が本件建物階下部分中本件占有部分以外の部分を原告ら主張の日以前から占有しているとの点は、本件審理に表われたすべての証拠によっても、これを認めることはできないが、その余の右(一)と(二)の事実はすべて当事者間に争いがない。
二、≪証拠省略≫によると、抗弁(一)の事実が認められ、反証はない。
三、≪証拠省略≫によると、堤法乗は、被告に対し、昭和四二年一月三一日、階下西半分の賃借権を譲渡してこれを引渡し、堤孝夫は、右賃借権譲渡をその頃承諾した事実が認められ、反証はない。
四、原告らは、差押の効力のある競売申立の登記によって賃貸人である抵当物件の所有者は賃借権譲渡を承諾する権原を失うと主張する。しかしながら、当裁判所は、任意競売において、競売開始決定当時に目的不動産につき対抗力ある賃借権の負担が存在する場合には、競売開始による差押の効力が生じた後に右賃借権の譲渡につき与えられた承諾は、特段の事情がない限り、右競売開始決定当時における目的物件の交換価値を減少する行為とは目されないので、右承諾は差押によって禁止される処分行為には当らないと解する。その理由は、抵当権は、その設定当時の目的物の交換価値の支配権であるところ、一般に不動産は対抗力ある賃借権設定により、その交換価値を減じるものであり、このような不動産に設定された抵当権は交換価値が減少した状態で右価値を捕捉するものであると言うべきであるが、右賃借権の譲渡の承諾は、特段の事情のないかぎり、右の低くされた交換価値を更に低下させるものとは解されないこと、特に、本件にあっては、≪証拠省略≫によると、堤法乗は階下西半分を賃借当初からその不動産仲介業の店舗に使用し、被告は堤法乗の右営業を法人組織にしたもので実質上は両者は同一であり、その利用状態も賃借権の譲渡の前後を通じ変化はなかったことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はなく、右認定事実によると、承諾の有無にかかわらず背信性なき賃借権譲渡として被告は適法にこれを占有しうると解され、右承諾により本件建物の交換価値が下落したとは解されないからであり、また、東京地方裁判所昭和三七年一二月二五日判決(下民集一三巻一二号二五六八頁)の判示にも同調するからである。よって被告は、階下西半分については原告らに賃借権を主張しうると解すべきである。
五、したがって、被告は原告らに対し、本件建物の一階のうち別紙図面(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)、(チ)、(リ)、(ヌ)、(ル)、(ネ)、(ツ)、(ソ)および(イ)の各点を順次結ぶ直線内の部分を明渡す義務があるが、階下西半分についてはこれを明渡す義務はない。
六、そこで、右明渡部分についての賃料相当額であるが、≪証拠省略≫によると、被告占有部分の昭和四二年七月一四日以降の賃料相当額は金一五六、〇〇〇円であると認められるから、これを被告占有部分の面積八〇・四四平方メートルと右明渡部分の面積四六・二〇平方メートルに按分した金八九・五九七円二一銭が頭書金額と解するのが相当である。よって、被告は原告らに対し、昭和四二年七月一四日以降前項の明渡済まで月額金八九、五九七円二一銭の割合の明渡遅延損害金を支払うべき義務があるが、その余の原告らの遅延損害金の請求は理由がない。
七、以上のとおりであるから、本訴請求中所有権に基づき主文中記載の建物部分の明渡と右部分についての被告の占有開始後右明渡済までの賃料相当の明渡遅延による損害金の支払を求める部分は正当として認容し、その余の部分は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条第九三条、仮執行宣言について同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 野田殷稔)
<以下省略>